モンスターハンターと、超えてはいけないラインとー前編ー



息子の様子がいつもと違うことに気がついたのは、実にラッキーだった。昨年からの仕事は介護帰省が頻繁になってきたこともあり契約を延長せず、派遣登録をしたばかり。それなのに不思議と条件に合う仕事が見つからないし、何となく仕事を探す気力が失せていた。だけど、仕事をしていなかったからこそ、わたしはその日の息子の異変に気付いたのだ。



普段の息子が家を出るのは早朝五時半過ぎ。帰宅は23時前後。他県までの車移動。その間に度々と遠方へ出張することもあった。唯一の休みであるはずの日曜も早朝から仕事の連絡が上司から届く。ダウンする直前の日曜は仕事と言う名前のゴルフだった。夜は夜で翌週の仕事の段取りをする為にカフェに出かけていた。家だと眠ってしまうから。時々息子と顔を合わせると、ついつい大丈夫なの?と聞いてしまう。



「おう!大丈夫だぜ」



声のトーンや表情で、その日の子どもの健康状態を判断できるのは、全ての母親が持つ特殊能力だ。
「ただいま」のひと声で、子どもの体調不良や学校で何かがあったことを察知することができるんだもの。確かにその日の息子は、何かがおかしかった。




その日は、朝早くにひとつ用事を済ませてから少し遅い出勤だったようだ。疲れているのだろうか、一度出て行ってから忘れ物を取りに戻ってきたのも普段とは違うことだった。どんなときも、何があっても、元気よく家を出て行く息子の声に覇気が感じられなかった。



「行きたくねぇ…」



背中に聞こえた息子の声がいつもと違う。このあと、高速を使って車を運転することを思いわたしは不安になった。息子が必ず言う「行ってきます!」がなかったことに胸騒ぎがした。母の勘は鋭いからね。普段よっぽどのことが無ければ息子にLINEなんてしないし、したところで未読スルーされるのはわかっていた。だけどその日はLINEをせずには居られなかった。



疲れてるようだけど、ずっと休みを取っていないんだから少し休みなさい。ずっと頑張ってきたんだから休んでいいんだよ。みたいなことをつらつら送ったら、珍しく直ぐに既読になり返信があった。



頑張れているのかわからん
頑張ってると言われたら辛い
涙出てきた



やっぱりおかしい。普段の息子じゃない。直ぐに電話をした。暫くしてようやく繋がった。コンビニの駐車場にいるという。



このあと会社行かなくていいよ。
すこし休みなさい。
会社の中で誰か信頼できる人ははいないの?
今の状況を話してすぐに相談しなさい!



息子からは何の返事もない。



私は声をかけ続けた。今日は仕事に行っちゃダメだよ。絶対にダメだからね。健康を害したら元も子もないからね。




息子は声を殺して泣いていた。












もうモンスターと闘うのはやめなさい