モンスターハンターと、超えてはいけないラインとー後編ー


これまでのお話ー前編ー

これまでのお話ー中編ー






忠犬先輩の発言を聞いたオレは耳を疑った。モンスターが喜ぶなら何でもすると言うのか。だからなのか…。どうりで皆んながその組合せはヤバいと言っていたわけだ。溜息が出る。
モンスターは、とにかくまず自分で考えろと言う。初めてやることもだ。



オレ、何もわからないのに間違ってもいいのか?教えてもらえないから、自分で考えてから行動するわけだけど、それが違っていたら正しい方法を教えてくれるのかと言うと、それが違うんだ。モンスターは怒るんだ。キレるんだ。もう最近は、オレは自分でも何を考えてるのかわからなくなってきた。



自分が至らなくて自分が悪くて怒られるのは当たり前だ。そんなこと何とも思わない。だけど、オレに関係ないことでもモンスター達はキレまくるんだ。それっておかしくないか?やっぱ、オレが悪いのか?



オレは決心した。先輩とはいえ、尊敬に値しないモンスター達のことは何とかかわしていこう。オレはひたすら自分の仕事をやるしかない。そもそも、オレの仕事はモンスター達を倒すことではないからな。本来の業務が、まだまだ修行中の身なのに、その上モンスター達と闘わなければならないのは時間の無駄って話だ。



自分の業務が終わっても、忠犬先輩が帰ると言わなければ帰ることが出来ないんだ。モンスターと忠犬先輩の会話といえば、忠犬先輩がモンスターをべた褒めしたり持ち上げることばかり。そんな意味のない会話をしてるなら一分でも早く帰りたい。そして、一秒でも長く眠りたい。



そう言えば、最近は車の運転中に急に眠気が襲ってくるんだ。だから何度も休憩を取る必要がある。この前なんか、家の駐車場に着いたのに、そこで1時間以上眠ってしまったのには自分でもびっくりしたな。気付いたら深夜だったわ。



オレ、どこか変なのか?時々胸が苦しくなるけど、これは親には言えないな。母さんにそんなこと言ったら、「今すぐ病院に行きなさい!」って騒ぐだろうからな。



でも、最近は自分のからだが自分じゃないみたいだ。全身が痒くて明らかにアトピーが悪化してる。全身傷だらけだ。いったいどうしたって言うんだ?



そうそう、オレがモンスターと忠犬先輩のいちばん許せないところは、他人への気遣いができないことだ。社外の人への態度も横柄で威圧的で、意味もなくキレてるのを見るのも聞くのも嫌で嫌で堪らない。そして恥ずかしくて仕方ない。弱い犬ほどよく吠えるって言うけどさ、宅配業者さんがお釣りの小銭を用意していなかっただけで、あんなに威嚇して大声で怒鳴り散らすことは無いだろう。バカ犬だな。



社外の人からのモンスター達に対する数々のクレームは、新人のオレに集中する。
「君、新人なのによくやってるよ。」「オレならあの二人と働くのは無理だよ。」「どうにかしてください。おたくのモンスター、✖️✖️✖️✖️くれませんか。」そんなことオレに言われても…。オレは何と答えれば良かったんだ?



それにしても、なぜ忠犬先輩は挨拶をしないんだ?朝の第一声が舌打ちってなんなんだ?子どもの頃、挨拶の仕方を教わらなかったのか?自分の子どもに挨拶の仕方を教えてはいないのか?



ただ悲しいことに、その戦場には仲間がいなかった。そこにはオレの他にはモンスターと忠犬先輩しかいないから。もう少しオレにスキルがあれば、こんなことにならなかったのか?もっとオレが武器を持っていれば楽に闘えたのか?オレ、、、もうよくわからないよ。



こんなことになるとは、オレだって想像してなかったよ。だけど、最近かなりヤバいなと思うようになってきてたから、S先輩やK先輩には、お願いしていたんだ。




オレが笑わなくなったら、それは危ないサインなので教えてください!





そして、ある日突然。
オレはフリーズした。


















S先輩が、オレからの連絡をうけ、様子がおかしいと上に報告を入れてくれたらしい。そのときのことは、実はオレもあんまよく覚えてない。母さんが電話口で何やら言っていたな。



母さんの電話を切った後、オレはS先輩に連絡をした。あのとき、S先輩が電話に出られなかったら、オレは今頃どうしてただろう。あの心筋梗塞手前の発作が、もしも車の運転中に起こってたらと思うと、マジで怖ぇよ。



母さんは、オレのことめっちゃラッキーだと喜んでた。命拾いしたねって。S先輩は、オレの命の恩人だと。ほんと、ありがたい。S先輩は、声を大にして言ったそうだ。




このままにしていたら、僕みたいになりますよ! 




この後、オレはいったいどうなるんだろう。
これから、オレはどうしたらいいんだろう。



ただ言えるのは、今は何も考えたくない。
ただ思うのは、今は何も考えず眠りたい。



だけど今、こんなことになっても、オレ。
母さんは少し困った顔してたけど、オレ。





オレ、この仕事が好きなんだ。




•••


 

息子が本当はどんな思いで働いていたのかは、わかりません。時々愚痴るのを聞くぐらいでしたから。そもそも顔を合わせるのは僅かな時間でした。わたしに話して無いこと、言えないこともたくさんあったでしょう。だけど、息子の表情から、息子が呟いた言葉の端々から思うに、自分でも気がつかないうちにどんどん追い込まれていったのは確かです。



メンタルが弱すぎたから?チキンすぎたから?わたしはそうは思わない。逆にメンタルが強かったから、カラダがボロボロになっていたことにも気がつかなかったのではと思っています。心配するわたしには「オレは大丈夫。」「キツいけど仕事は楽しい。」と言っていました。



ただ、ダウンする数日前。いい加減に休みを取りなさいよと声をかけた時に、「休みなんて取れない。休んだら悪いって思うんだ。もうそこまで追い詰められてるんだよ!」と怒ったのです。その頃には息子から笑顔が消えていました。今思えば、その時無理にでも休ませるべきでしたが、彼は絶対に休むとは言わなかったでしょう。




長くて楽しくない話にお付き合い頂きありがとうございます。こんなことホントは書きたくなかったけど、書かずにはいられませんでした。何時に眠っても毎朝三時過ぎに目が覚めてしまうのです。起きて真っ先に考えてしまうのは息子の仕事のこと。そのうち悔しくて腹が立って、血圧が上がるのがわかるのです。笑



その後、眠ることなんて出来ないから、こうして文字にすることで気持ちを鎮めていたってわけです。ここはわたしの隠れ家だから。お陰様で随分と気持ちが落ち着きました。本当にありがとうございます。感謝感謝です。

ー月子ー



・・・



モンスターハンターでもないのに、息子はモンスター達と闘っていた。これが仕事ではなく、ゲームだったらどんなに良かっただろう。毎日、モンスター達と闘いながら、息子は超えてはいけないラインをも超えていた。息子はそのデータを残していないから(本人は残せなかった、と言っている)今からそれを証明することはできないかもしれない。だけど、超えていたのは明らかだ。





絶対に超えてはならない過労死ラインを超えて働いていた。












 よってゲームは強制終了しました