Dearsー後ろ姿しか知らない貴女はー






私があの人に狂っていた頃の話です。近所に仲良しのママ友、サトウちゃんが住んでいました。サトウちゃんは三人のお子さんがいる可愛いママ。私のくだらない冗談を間に受ける様な、純粋な人。そして少々慌てん坊でした。私たちはちょっとした時間を見つけては、日頃の育児疲れを癒すべく珈琲を飲んではしょうもない話をして笑いました。



ある日の夕方。子どもをピアノ教室に送った帰りのサトウちゃんがやってきました。お迎えは一時間後。私は急いで珈琲を淹れました。そして、サトウちゃんに一枚のブックレットを見せました。その頃の私が、ハマりまくっていたあの人のCDに入っていたものでした。



サトウちゃん。これ、新しいアルバム。あのね、ここだけの話なんだけど。このページの写真の後ろ姿の女のひと。これ、実は私なんだよ。



サトウちゃんはじっと写真を見つめました。そして、大きな丸い目をさらに見開いて、私とブックレットの中の後ろ姿の女性を交互に見ています。その後、あ…と言って、絶句しました。



あ…。ほんとだ。このスカート!これ、月子さんだね!えー?なんで?



うん、それはね…。




そのブックレットにはファンが大勢映っているページがあり、私もその撮影現場に行った事にしました。(実際は行ってないのに)どうやら、その時に撮られた後ろ姿の写真が使われたみたいだと、何ともバレバレな嘘をつきました。




写真は合成だけどね、と付け加えて。サトウちゃんは私の話を真剣な眼差しで聞いています。そして云々と頷きました。私は焦りました。まさかサトウちゃんがこんなテキトーな話を信じるとは思わなかったからです。
 








その頃の私は、その後ろ姿の女性とそっくり同じ髪型をしていました。そして、その後ろ姿の女性が着ている白いスカートも、似たような上着も持っていました。ところが、私自身はその後ろ姿の女性ほど高身長ではないのです。注意深く写真を見れば、その後ろ姿の女性が私では無い事はすぐにわかるはず。




月日と言うのは残酷です。今の私には、その後ろ姿の女性にさらに数枚上着を羽織らせたような貫禄がつきました。でも、当時の私はその後ろ姿の女性みたいな体型でした。髪型も肩のラインも自分を見てるみたいで、初めて写真を見た私はそれはそれは驚いたのです。え?これ私じゃないの?って。子どもたちも、これはママだ!!と騒ぎました。




普段、自分の後ろ姿を見る事は殆ど無いのに、何故自分に似ていると思ったのかって?それはですね。ベビーカーを押してお散歩していた時に、私は見知らぬ女性に声をかけられたのです。



背中に何かついてますよ。



慌てて背中に手をやると、何やらついています。剥がしてみると、息子のお気に入りのボブとブーブーズのシールでした。私はボブとブーブーズの大きなシールを背中に二枚もくっつけたまま、人通りの多い道を一時間も歩いていたのです。




♬ボーブとブーブーズ、やってくれるかい♬



私はその日以来、外出時に後ろ姿を確認するのが習慣になりました。だから自分の後ろ姿はよく知っているのです。後ろ姿って大事ですよね。年齢は後ろ姿に出ると言いますし。えぇ、年齢感じてますよ、毎日。



勿論、私の冗談にまんまと騙されたサトウちゃんには、すぐにそれが嘘だと言いましたよ。でも、サトウちゃんは今度は嘘だと言うことを信じようとしませんでした。それほど、その女性の後ろ姿が、私の後ろ姿と似ていたのです。




先日、CDを処分しようとして見つけた写真。アルバムLove Letterのブックレットの中の写真。サクラソウの歌詞のページの写真です。


アナタが好きでした
サクラソウ


 

私はその写真を見ているうちに、その頃私が着ていた洋服だけではなく、慌てふためくサトウちゃんや、サトウちゃんちのリビングのグランドピアノや、私の家からサトウちゃんちに続く道なんかを思い出しました。それは、あまりにもはっきりと。まるで当時にワープしたみたいに。いったいいつの話かと思ったら、17年も前の事でした。17年前と言えば、私はギリ30代!若っ!




17年の間には色んなことがありました。でも、どんな出来事も過ぎ去ってしまえば全て良い思い出。サトウちゃんとも連絡を取り合わなくなったけれど、きっと元気でいることでしょう。




ー後ろ姿しか知らない貴女はー




今、何歳になりましたか?
今、幸せにしていますか?



私は貴女のことを知る由もないけれど、きっとどこかで、幸せでいると信じています。貴女の後ろ姿に似ている、私がそうである様に。



あと、ひとつだけ聞きたいのです。
貴女も、Dearsでしたか?




だけど、やっぱり、どうしても。
何度見ても、この後ろ姿の女性。




私だとしか思えないのです。笑


















Dearsだった頃のわたしに