縁切榎におねがいー参拝三ヶ月後の晴れた日にー


 


過重労働と上司二人からのパワハラでダウンした息子が会社を休む事になったのは、今から三ヶ月と少し前のこと。ズタボロだった身体は、若さもあってか、たっぷりの休養と栄養であっという間に回復した。若いって凄い。若さって素晴らしい。



休職してまもなく、息子は考えに考えた末、パワハラ報告書なるものを会社の社労士へと提出した。ダイニングテーブルに無造作に置かれたその書類をチラ見したところ、事実確認の他に「今後このようなことは他の誰にもしてほしくない」と、殴り書きしてあった。



自分を追い詰めた張本人たちに懲罰をあたえて欲しいとか、謝罪を求める、と言う項目にチェックは無く、私は拍子抜けした。なんだ随分男気があるじゃないか、ちょっとカッコつけ過ぎじゃないかと思ったけど、私が口を挟むことじゃない。



パワハラ調査で重要なのは、当事者二人よりも第三者の意見だと言うことは夫から聞いていた。だから、直ぐに社労士から事実確認があり、社内調査が行われるものだと思っていた。



けれども、待てど暮らせど社労士からは何の連絡も無い。もとい、たった一度だけメールがあったようだ。



ーこの診断書では、傷病手当が支給されないかもしれませんー



・・・



かかりつけ医の診断書に書かれていたのは病名ではなく、いくつもの症状だった。息子には様々な身体症状はあったものの、幸いにしてメンタルを病んではおらず、安易に病名をつけることはしないと医師は言った。



二週間に一度の病院受診で貰った診断書を提出して会社を休む生活は、気がつけばそろそ三ヶ月になろうとしていた。パワハラ上司と縁を切るべく縁切榎参拝した日から三ヶ月だ。参拝時に夏の始まりだった季節は既に秋へと移り変わっている。



息子と縁切榎に行った四日後には




この三ヶ月間、私たちに見せていた言葉や態度とは裏腹にひとり悩んだであろう息子は、体調を整えながら色んな人に会っていた。自分自身を見つめ、自分はこれからどうすべきなのか、自分は何をしたいのか。昔からの友だちやお世話になった先生方、先輩や人生のベテランと呼ばれる人たちに会っていた。
 



親の私がしたことと言えば、美味しいご飯を作って食べさせたことぐらいだ。あとは普段と同じようにくだらない話をして笑っていただけ。




そんな日々の中、息子はよく食べ、よく眠り、よく遊んでいた。久しぶりに再開したジム通いのせいもあり、休職し始めた頃より身体は逞しくなっていた。相変わらず社労士からは何の連絡もない。時々、イラついたり思い悩むような表情を見せることもあったけど、ある日スッキリとした顔で息子はこう言った。




決めたよ。今の会社辞めることにした。



・・・



息子は、会社を退職した。縁切榎参拝後、きっかり三ヶ月後に「一身上の都合により退職」をした。息子と親しくしている同僚と数人の先輩以外、息子が退職することになった本当の理由を知る人はいない。




ましてや、パワハラをした張本人たちは、自分たちが息子の退職の原因になったとは1ミリ足りとも気がついていないようだ。(今までにも何人もの人にパワハラをしてきたのに)息子の安否を心配する人たちには「彼は心の病気で休んでいます」と答えていることを同僚から聞いた息子は大爆笑していた。私は納得がいかなかったけれど。



 

もう、いいよ。あの二人は置いといて、オレは会社も仕事も好きなんだよ。とにかく早く働きたい。早く仕事がしたいんだよ。






パワハラ問題は解決されるどころか、その事実確認すら行われることは無く闇に葬られた。これでは仕事に復帰することは難しい。選ぶ道はひとつしかない。とても残念なことだけど、見方を変えればとてもラッキーなことかもしれない。この前見た、マッチに書かれていた言葉の話をすると、息子は驚きもしなかった。さすがは三年間仏教を学んだだけのことはある…苦笑。



マッチに書かれていた言葉とは




そうだよ。何事も最期にならないとわからないんだよ。だから、これでいいんだよ。



・・・



そんな中、息子は同業他社の社長からうちで働かないかと声をかけられていた。他にもいくつか良い話を頂いていたようだ。休職中、息子は何度も話を聞きに足を運んでいた。その足取りはなんだか不思議と軽やかだった。




縁切榎参拝三ヶ月後の晴れた日に息子は会社を退職した。終わって見れば、何一つ揉めることなく、実にスムーズな退職だった。




そして、息子は飛び立っていった。秋なのに夏みたいに晴れた日に大空へと飛び立っていった。特大サイズのスーツケースが重すぎるからと、空港まで車で送った私たちにある言葉を残して飛び立っていった。とびきりの笑顔で、手を振って。





危なかった。ほんと、危なかったよ…。

まさか、君がそんなこと言うなんてさ。














色々ありがと。ひとまず、今までお世話になりましたっ!