白い蝶々








空が青い。そして暑い。黒いワンピースの背中には容赦なく太陽が照りつけている。背中から肩の辺りがジリジリと焼けるような感覚だ。首を触るとネックレスが汗で濡れていた。ハンカチで汗を拭う。それにしても暑い。だけど、関東の暑さとは違って爽やかだ。私は日陰になる道を探して目的地へと歩いていた。




本当なら七月に来る予定だった。沙織と一緒に来る予定だった。それなのに、私がコロナ陽性になってしまったのだ。だから今日はひとりでやってきた。




私は、最寄りの駅からではなく少し離れたところから歩いていた。歩きながら頭の中を整理したかった。太陽に背中を炙られながら、考えていた。彼女に会ったら何を話そうか。まず何から伝えようか。そもそも第一声は何と声をかけようか。彼女に会うのは実に三年ぶり。色々聞きたいことがたくさんあった。




   





静かだった。そこには私しかいない。誰かが来る気配も感じられない。横倒しになっている缶コーヒーや缶ビール。今日は数日前の嵐が嘘みたいな好天だ。彼女はまだ現れない。当たり前だよね。だって今日は会う約束なんてしていなかった。私が勝手に会いにきただけなんだから。




私は、周りに誰もいないことをいいことに、一人で話しはじめていた。



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夏海、今日は暑いね。暑くない?私はめっちゃ暑いよ。咽喉が乾くよね。水持ってきたよ。こんなに陽射し浴びたらさ、またシミが濃くなるよ。夏海はシミのない綺麗な肌してるよね。ほんと綺麗。私のシミ見てみるかい?じゃ、マスク外すね。笑 ほら、前に夏海に指摘されたほっぺたのシミが、こんなに濃くなったよ。もうね、他にも身体はボロボロさ。まぁ、歳取ったってことだよね。


会うのは三年ぶりだね。沙織と私で夏海の誕生日祝いをしたあの日以来だよね。あの時はさ、これからいくらでも会えると思ってた。またまだ一緒に飲めると思ってた。いっぱい遊ぶことが出来ると思ってたよ。


これから沙織と会う時には、必ず夏海の話をするよ。いっぱい、いっぱいするからね。



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私がそう言い終わったとき、供えた花の一本がゆっくりと頷いた。風が吹いてきて、ただ揺れただけなのかもしれないけど、その花はゆっくりと元に戻っていた。私にはまるで夏海が返事をしたように見えた。




すると、今度はどこからともなく蝶々が飛んできた。白い蝶々。モンシロチョウだ。私の横でモンシロチョウはヒラヒラと舞っている。ゆっくりと、くるくると。私はそのモンシロチョウを見た瞬間、鳥肌がたった。





夏海だ。夏海が私に会いにきた。夏海がモンシロチョウの姿をして会いに来てくれた。そう確信した。私は、自分のどこからそんな声が出たのかと思うような大きな声をあげて泣いていた。








夏海、どうしていなくなっちゃったの。









どれくらい時間が経っただろう。私は、左右対象にゆらゆらと揺らめく蝋燭の炎をぼんやりと見つめていた。夏海だ。あのモンシロチョウは絶対に夏海だ。

 


随分前に歳上の友だちから聞いたことがある。墓地に現れる蝶々はご先祖様の化身だと。そして、亡くなられたばかりのご先祖様はモンシロチョウだと。蝶々は神の使いとして『あの世とこの世をつないで生命を運ぶ存在』として考えられているのだと。




身体から力が抜けていた。その場を去るのが名残惜しかった。ずっとそこにいたかった。私は、呼吸を整え、姿勢を正して、しっかりと合掌した。





また会いに来るから。




夏海は、生きている。











同じ空、違う世界で生きている